ちびまめと家族の話

自閉症の息子ちびまめと家族の成長日記です。

どうしても運転免許が取りたい

「運転免許が取りたい」

ちびまめがそう言い出したのは、高等養護学校を卒業し、就労を始めた矢先の5月頃でした。

 

高等養護学校では、卒業式が終わっても3月末まで教習所へ通う事は禁止されていました。

通うとしたら仕事をしながらになります。

障がい者枠で就労をしたちびまめが、仕事をしながら更に教習所へ通うなんて不可能です。

共倒れになる可能性大!

私は瞬時に思いました。

 

しかし、ちびまめは頑なでした。

ちびまめがこの様に強く訴えてくるのは二度目でした。

一度目は高校時代、高等養護学校の寄宿舎を辞めたい、と。

電車を乗り換えての通学となるので、親の意向で寄宿舎を希望したのでした。

しかし、1年も経たぬうちに「家から通いたい」と言い始めました。

本人と保護者と学校とで何度も話し合い、2年の1学期まで引っ張りましたが、ちびまめの意志は変わらず寄宿舎は出る事になりました。

「家を出たい」のではなく「家に帰りたい」なので、悪い事ではないのですがね。

 

その後は毎朝5時に起きて駅まで自転車、それから電車を2つ乗り、そこから更に徒歩での通学をやり通しました。

半分寄宿舎、半分通学で、卒業時には3年間休まずの皆勤賞を頂きました。

そんな事もあっての二度目の訴えなので、きっと教習所もやり通すのだろうとは思いました。

 

しかし、仕事に支障をきたし会社に迷惑をかける様な事があったら、ましてやクビになどなったら、という心配と運転をさせる事への不安とで首を縦には振れませんでした。

反面、2つ下の弟が先に免許を取ったら、ちびまめはものすごくショックで、自分が自閉症であるという事実に、また傷つくのではないかとも思いました。

とりあえず、今は無理と思い、ちびまめには「二十歳までは仕事に集中しよう」と言いました。

親の逃げ口上です。

 

ところがちびまめは毎日訴えてきました。

「免許が取りたいです」の一文を、必死に。

 

そのうち、私も少しずつ気持ちが揺らいできました。

ちょうどコロナ禍でした。

とにかく行事が何もありません。

ちびまめがやっている陸上の練習も全面中止になっていて、土日は何もありません。

コロナが収まって世の中が動き出してから通うよりも、今通っておいた方がいいのではないか、そう思い始めたところに夫が口を開きました。

 

「ちびまめに車を運転させたい。俺が全責任を持つ。」

 

 

 

 

“自分達の勝手な決断に酔ってんじゃないよ!自閉症の運転を野放しにする気か!”

そう、どこかから聞こえてきそうでした。

 

でもごめんなさい、行かせてください、そんな気持ちでした。

 

そしていよいよ、ちびまめは自動車学校の門を叩く事となりました。

 

自動車学校の反応は!?

 

 

読んでいただきありがとうございました^^

 

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